今日は、村上靖彦さんの著書『客観性の落とし穴』(筑摩書房)をご紹介します。
本書では、自然や社会、そして心までもが「客観的に」「数値で」語られるようになったとき、
「私はこう感じた」「私はこうした」といった一人ひとりの経験が、見えにくくなってしまうことが語られます。
数字や評価が前に出るほど、比べられ、競わされ、そして“数字にならない部分”が置き去りになってしまう——。
そんな問題意識が、丁寧な言葉で描かれています。
私たちの現場でも、「目標」「成果」「評価」といった言葉が大切になる場面はたくさんあります。
もちろん、それらが必要なことも事実です。
けれど同時に、数字だけでは測れないもの——
たとえば、その日の体調、気持ちの揺れ、誰かの一言で前を向けた瞬間、うまくいかなかった悔しさなど——
そうした“その人の経験”が、確かに日々をつくっています。
本書で特に印象に残ったのは、客観性と対置されるものを単なる「主観」として片づけず、
経験のリズムやダイナミズムとして捉えている点です。
暇な時間が長く感じられたり、楽しい時間があっという間に過ぎたりする。
そういう感覚は計測しにくいけれど、私たちの生活のリアルそのものです。
そして、当事者が即興的に語る言葉には、そのリアルが生き生きと宿る——。
読むほどに、うなずかされました。
数字や客観性から完全に離れることはできません。
でも、幸せや尊厳は、数字だけでは語りきれない場所にある。
一人ひとりの経験を大切に扱うことが、「誰も取り残されない」につながっていく。
そんな視点を、あらためて思い出させてくれる一冊でした。
(引用)村上靖彦『客観性の落とし穴』(筑摩書房)より