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 偶然読んだエッセイの書き出しに、「これ、完全に私やん」と首がもげるほど頷いてしまった。あらゆるものが「はやすぎる」と感じて生きてきた、のんびり屋さんのエッセイだった。

 私も子どもの頃から、とにかくあらゆることが遅かった。

 代表的なのは給食。なんにもふざけていない。ただ目の前のご飯を普通に、真面目に食べているだけなのに、気づけば周りはすっかり食べ終わっている。授業中もそうだった。ちゃんと先生の話を聞いているつもりなのに、ふと気づくと「えっ、もうチャイム?」。ワープでもしたのかと思うくらい、私だけ時間の進み方が違う世界にいるみたいだった。

 そのエッセイの筆者は、お母さんから「ゆっくりでいい、人と比べなくていい」という言葉をもらい、それが大人になっても心の支えになっているという。とても素敵な話だ。

 でも、筆者と私には決定的に違う点がひとつある。私の親は、そんな言葉をかけてはくれなかった。だから私はずっと、自分の「遅さ」をどこか引け目に感じながら生きてきた。

 でもな、最近ハッと気づいたんよ。43歳にして(笑)。

 きっかけは、アニメ『葬送のフリーレン』だった。エルフであるフリーレンの途方もない寿命からすれば、人間の10年なんてほんの一瞬の出来事。それを見ていてふいに腑に落ちた。ああ、私が悪いわけでも、怠けているわけでもない。ただ、人間の寿命と社会のスピードが、私には短くて速すぎるだけなんや。

 もし私にフリーレンくらいの寿命があれば、このペースで何も問題ない。周りの人より少しご飯を食べるのに時間がかかるくらい、誤差みたいなものだ。

 親から「ゆっくりでいい」とは言ってもらえなかったけれど。私は心の中にフリーレンを飼うことで、このせっかちな人間社会をこれからもマイペースに生き抜いていこうと思う。

 あわよくば、フリーレンみたいに50年くらい、家でぼんやりしていられたらなぁ——なんて思いながら。